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プロ野球監督で休養後に復帰した人はいるの?過去の事例を紹介

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2024年5月に休養が発表された、西武ライオンズの松井稼頭央監督。

プロ野球監督の休養発表は事実上のクビ(辞任)と言われており、プロ野球界のシビアさを物語っています。

過去のプロ野球監督の中にも、休養を発表した方はいますがそこから監督復帰している人もいたようです。

今回は、プロ野球監督で休養後に復帰した人に焦点をあてて調べてみました。

目次

プロ野球監督で休養後に復帰した人いるの?

阪神タイガーズ

早速休養発表から監督に復帰した方を3人紹介していきます!

【阪神】岡田彰布監督

2023年に阪神をリーグ優勝に導いた岡田彰布(あきのぶ)監督も、過去には監督休養⇒辞任を経験した方です。

2010年のシーズンから3年契約で、オリックス監督に就任した岡田監督。

2012年は主力選手の相次ぐ故障から、シーズン開幕直後から成績が低迷していました。

2012年に球団から契約更新がないことを告げられると、その年のシーズン終了を待たずに2012年9月に休養発表し辞任しています。

高木守道さん

現役から引退・監督まで中日ドラゴンズ一本だった、故・高木守道さん。

高木さんも一度は中日ドラゴンズの監督を休養した過去がありました。

1991年のオフに星野仙一さんの後任として名が挙がり、2012年から中日一軍監督を務めた高木さん。

4年連続で監督継続となっていた1995年に、チーム低迷の責任を取りシーズン途中での監督辞任をしています。

しかし、 2011年に落合博満さんの後任監督として再度高木守道さんが監督就任することが発表されました。

2012年はリーグ2位と高成績でしたが、監督復帰から2年後の2013年10月に退任を発表されています。

鶴岡一人さん

鶴岡親分・ツルさんで知られていた、故・鶴岡一人(かずと)さん。

1939年からプロ野球界に入り、1952年まで現役をされていた選手です。

この鶴岡一人さんも、監督時代は休養から復帰した方でした。

ショコ

たぶん休養から最速復帰した人かも!

1953年から南海ホークスの監督を務めた鶴岡さんは、約23年間もの間に優勝11回・日本シリーズ2回も制覇しています。

そんな鶴岡さんは1962年5月には開幕からの連敗続きという責任を取り、監督休養を自ら申し出て辞任していました。

その間に代理監督を務めたのが、蔭山和夫ヘッドコーチで成績も悪くなかったそうです。

しかし同年の8月には周りからの依頼により、3ヶ月で監督復帰。

監督休養からの最短復帰と言われています。

松井稼頭央監督の今後の監督復帰の可能性は?

2024年5月26日に西武ライオンズから休養が発表された、松井稼頭央監督。

松井監督が今後監督に復帰する可能性はあると思われます。

理由としては、

  • 過去にも休養から監督復帰した方がいること
  • 松井監督まだ48歳と若いこと

が挙げられます。

今回の監督就任はまだ経験が浅いということもあり、休養となりましたが今後監督になるための知識や経験をつけられたら再度監督に返り咲くことは大いにあるでしょう。

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